英語で教えないと

脱サラ教師も7年目。今までやれなかったことに再挑戦します。

ゆく年くる年2021

丸2年間、マスクをつけたままの生活。

史上最悪な借金をして誤魔化した2年間でもある。

誰にでもできることの多くが機械にとって代わられたが、人々が路頭に迷う光景を報道する番組は少なかった。

つまり政府は、試練とツケを未来に先送りしたのである。

国債の発行残高がついに1兆円を超えた。

純粋な血税として考えると、一人当たり1000万円の借金である。

この30年で国債残高は倍増しており、落◯信彦が、生まれながらにして500万の借金を背負った赤ん坊たち、と平成生まれの子らに同情していた。

しわ寄せは、今の中高生の就活の時がピークになるだろう。

一流企業の求人はMARCH以上。

未満は地方公務員狙いのSE予備軍で、ズルズルと派遣→フリーターへと転落していく。

だからなのだろうか?

本当に今年の3年生はあきらめた目をした生徒が多いと思う。

 

僕は10年前にこうなることが予想できていた。

就職活動の時点から、ぬるま湯のルート営業なんかはやめて、東南アジアの駐在員になれる専門商社を選んでいた。

他者を抜きん出るために、とにかく大学卒業後は語学力の向上に努めた。

僕が商社を辞めるきっかけとなったのは、深圳で若手共◯党幹部と対峙した時のことである。

実は深圳・東莞のどの工場にも、彼らの籍と部屋が用意されていて、外国のサプライヤに対して、技術を売れ、と脅してくる。

僕はあの時まだ小僧で、ネゴでは一度も主導権を握れず、砂を噛むような思いをした。

その後、僕らがパテント的に作れない配合を国内のサプライヤーに作らせ、僕らとの関係は終わった。

僕は貿易においても成長の限界を感じるとともに、紡がれてきた技術を彼の国に売ろうとする売国奴たちが許せなかった。

 

僕は何もかもが嫌になり、かつての夢だった教職に挑戦することとなった。

だから舵を取り直してから10年、僕は都内の中学校で英語の教師をしている。

ブラック企業であり、一度は心の病気に侵されてしまったが、夏休みとやりがいがあるからなんとか頑張れている。

昇進は出来レースではあるが、通過儀礼だと捉え、準備をしながら楽しくやっていきたい。

5・6年周期で異動があるのは、澱んだ空気を循環させるために必要なのだろう。

 

まあ体が動くうちは、子どもの未来を切り拓くぶっ飛んだ教育を実践していきたい。