英語で教えないと

脱サラ教師。サッカーを再開しました。

大恐慌時代の幕開け

我が家ではGW以降、客人を呼べるよう僕のコレクションが家族総出で捨てられてしまった。

中にはヤフオクに出せばプレミアがつきそうなものまでも…

でもまあいい。

どちらにしろ、蟄居が解けたら外に出たかったし、荷物は少ない方がいいからだ。

 

アメリカは250兆円以上の追加供給を発表した。

ニッポンの国家予算のおよそ2倍であり、米国内の新型コロナにおける補償総額であろう。

我が国の推移を見るに、国家予算が10倍に跳ね上がったのは敗戦した翌年以降である。

つまり1000兆円の借金にさらに単年で100兆円加算される。

 

アメリカ=IMFはこれ以上ドルは刷らないだろう。

投資家には減少はするものの金が集まってくるし、労働者をレイオフさせ、自宅に待機させればその分のコストをカットできる。

さらに企業にも給付金が支払われるため、損失を十分補填できる算段だ。

つまり投資家は会社の内部留保を無傷で維持し、さらには増加させ、事態が収束して落ち着いたらひっそりと配当させるのだ。

 

一方、再雇用された労働者は昇給なし、インセンティブなしで明日の飯のために働くだろう。

すでに動きが見え始めているが、特にアメリカは収束以降、医療関係者の人種的な割合が大きく変わるだろう。

 

我が国に話を戻そう。

新型コロナウイルスの収束は8月までかかると踏んでいる。

理由としては、都市封鎖に踏み切れないことだ。

人とウイルスの流動が制限されず、ハッキリ言ってユルユル状態である。

GWまでに収束させるには、4週間、給与明細の月額100パーセントを補償し、国民総蟄居を実施させるしかなかったのだ。

過不足は年末調整や確定申告で調整すればいいだけのこと。

これ以上国債を刷りたくないのはわかるけど、たった1/12年の給付じゃないかと僕は考える。

 

中長期的な政策を示すことのできない現政権。

僕の感覚では一度、学級会で決めた稚拙な施策を発表し、国民から批判され、ようやくギャップを埋めるように映る。

つまり、都知事の訴える「ロックダウン」もGW前に施行されるのではないかと思う。

5月に都市封鎖が起こっても地方は蚊帳の外。

都市部から逃げ出したウイルスと宿主が地方の人々に伝染していく。

6月に入り、地方で醸成されたウイルスが再び都市部に侵入し、夏休み日本は「鎖国」となる。

3月から約半年にもわたる新型コロナウイルスとの戦いは、無政府で荒廃した『羅生門』のような市井となるだろう。

 

僕は教師なので、半年間のうちに起こる学力格差と少年犯罪が心配である。

とにかく僕の予想がことごとく外れたのは、現政権や与党に僅かに期待していたのかもしれない。

彼らをコモンセンスで考えてはいけないのだと理解できた。

 

新型コロナウイルスにかかって大変なのは高齢者だけ、という余計な知識が多くの運び屋と宿主を作ってしまった。

権利・保障・人権といういかにも民主主義的な言葉が効力のない「自粛」という曖昧な言葉を作ってしまった。

そして民主主義的な行いが衆愚政治を生み出してしまった。

我々国民は大きな代償と借金を背負い、新たな時代A.C.("Anno Corona")を生き抜いていくことになる。