英語で教えないと

脱サラ教師。サッカーを再開しました。

『教育激変』を読んで

旅行中に池上さん佐藤優さん共著の『教育激変』を読み終えた。

対談なので、スーッと内容に入っていけるし、おなじみの池上節はチャンクのごとく速読できた。

 

佐藤さんが「高校は受験刑務所」だと発言していた。

僕の勤める中学校だって識字率を上げるための刑務所みたいなところで、できる子にはお構いなしだ。

今日、山のような宿題をチェックしたが、問題なのはアルファベットすら書けない生徒の添削に時間がかかり、伸び盛りの生徒の作文を存分に見てあげられないことだ。

 

ちょっと危ない子どもが多い中、見所のある若者にも休暇中に出会うことができた。

沖縄の美しい海と子どもたちが大好きなホテルスタッフのお兄さんとお姉さんたちだ。

正確に言うと、再開を果たしたのだが、彼らは自分の意思でホテルの管理する無人島でツアー客をもてなし、ウチの娘たちも僕ら夫婦も彼らを気に入ってしまった。

「海が好き」「お客さんの喜ぶ顔が見たい」一心で誰にでも全力でもてなしてくれる。

我が家の長女も競泳以外にもセカンドキャリアを意識する時期がきており、彼らが語ってくれた夢がどこかでリンクしたようだ。

 

話を戻そう。

とにかくこれからの子どもも大人たちもA.I.技術に取って代わられない主体的な力を蓄えなければならない。

もっとわかりやすく言うと、コンピュータの主人であれ、と言うことだ。

例えば、Excelなら数字の連続性を読み取り、関数を使って分析できる能力。

演算はコンピュータに任せておけばよい。

 

今までの「従順な労働者」を送り出す教育は時代遅れだ。

自ら考え、疑い、トライしながら突き進む能力がこれからは求められる。

僕は今まで、この時代に生まれた子どもたちがかわいそうだと思っていたが、今ではつくづく羨ましいと思う。

男女国籍問わず、槍一本で一国一城の主人になれる時代なのだから。